Bartolomeo Giuseppe Guarneri 'del Gesù', 1744 the ‘de Bériot’, Cremona, Italy
バルトロメオ・ジュゼッペ・グァルネリ・「デル・ジェス」1744年製作「ド・ベリオ」
ジュゼッペ・グァルネリ・「デル・ジェス」(1698-1744)
ジュゼッペ・グァルネリ・「デル・ジェス」は、父親のジュゼッペ・グァルネリ・「フィリウス・アンドレア」と区別するために、敢えて「デル・ジェス」という呼称が付け加えられ、歴史上最も革新的なヴァイオリン製作者であります。
彼の製作楽器には二面性があり、一つは権威あるクレモナの伝統とデザインを受け継ぐもの、もう一つはより自由な表現とアンドレア・アマティ以来守られてきたヴァイオリンの概念を初めて逸した側面です。
彼が1743年に製作した「カノン」("Il Cannone")をパガニーニが最も愛すべき楽器と評したことも、彼の名声の高まりに拍車をかけました。
グァルネリ・デル・ジェスの製作活動は3つの時期、おおまかに初期(1715-1730年頃)、中期(1730-1740年頃)、後期(1740-1744年頃)に分けられ、これら3期を通じて、「型」は次々と進化を見せています。
厳密にはこれらの時期は更に細かく分けられ、それぞれ作品の特徴を示しておりますが、全期を通じて言えることは最良の材料と見事なニスを用い、常により良きものを目指して変化に富んでいることです。
デル・ジェスのすばらしい才能と製作者としての自信は、洗練された伝統と製作方法に従いながらも、彼の人となりと特徴を比類無きバランスで表現しています。この他に例を見ない特徴が功を奏し、彼のヴァイオリンは音量、力強さ、そして、トップ・プレイヤー達が切望する「ダーク」な音色を持っており、さらに希少価値(現存する楽器は約150挺のみという少なさ)に伴い、今日の市場では最高値が提示されているのも頷けます。
デル・ジェス後期のヴァイオリンは、歴史上、最も楽器にうるさいソリスト達によって好まれました。パガニーニ、ハイフェッツ、シェリング、ズーカーマン、メニューイン、ヴュータン、ヴィエニャフスキらがそうです。彼らはデル・ジェスを一旦手に入れると憑りつかれたようになかなか手放そうとしませんでした。
本作品 1744年製作「ド・ベリオ」について
1744年製作「ド・ベリオ」はグァルネリ・デル・ジェス後期の優れた作品例であり、彼の人生最後の年に作られた数少ない楽器の一つです。
彼が製作者として熟達していた時期の作品ならば誰もが期待するであろう特徴や奇抜さを、本ヴァイオリンは全て併せ持っています。
幅広く流れるような「型」、胴体上部下部共に、より四角味を帯び、Cバウツ(胴体中程の両脇のくぼみ)はカーブがゆるく、胴体の膨らみの低さは、効率性と力強さを示しています。
F字孔は大胆で長く、上下端それぞれの巻きによって大げさなほどに特徴づけられていて、上端の巻きは胴体中央部に遠慮なく入り込み、下端の巻きは胴体下部の両脇方向へ広がっております。
スクロールは側面から見ると薄く、型や定規に頼らずフリーハンドで彫られている。樽状の木材を先を詰めながら彫って渦巻きにしたもので、「耳」は中央に向かって内側に傾いています。
本ヴァイオリン1744年作「ド・ベリオ」は主要部分が全て製作当時のものであり、世紀を超えて丁寧に手入れされてきたおかげで、今日のような素晴らしい状態で現存しています。
また、近年重要視されております年輪年代学(英語:dendrochronology)により、最低音側と最高音側の最新年輪がそれぞれ1678年と1732年と分析されました。非常に面白いことに、これは1744年製「オレ・ブル」と同じ特徴を持ち、両器は同じ樹木から作られた可能性が高いとされております。
1744年作「ド・ベリオ」の遍歴
本ヴァイオリンの遍歴ですが、このヴァイオリンはベルギー人ヴァイオリニスト兼作曲家、シャルル・オーギュスト・ド・ベリオ(Charles-Auguste de Bériot*)がかつて所有していたことから、その名にちなんで呼ばれております。
ベリオは死の直前、当器を友人であり弟子であったオランダ人ヴァイオリニスト、ヴィルヘルム・テン・ハーベ(1831-1924)に譲りました。ちなみにハーベ自身も作曲に力を注いでいた音楽家で40を超えるヴァイオリン曲を作曲しています。
テン・ハーベの死後、「ド・ベリオ」は息子のジャンに受け継がれました。ジャンは天与の才能に恵まれたヴァイオリニストであり、一時はアメリカで教師もしていました。
1963年、当器はジャンの息子に受け継がれましたが、その後、ニューヨークのレンバート・ワーリッツァー社が買い取りました。
のち、本ヴァイオリンは様々な所有者の手を経て、同じニューヨーク内のディーラー、ジャック・フランセーズの所有となり、1993年、ロシア生まれの楽器コレクター、デイヴィッド・ジョゼフォウィッツが買い取りました。彼がこのヴァイオリンを買うために、黄金期のストラディヴァリとニコロ・アマティのヴァイオリンを下取りに出したと言われております。そしてジョゼフォウィッツは2015年に死去し、当器は、彼の遺した会社によって市場に出されました。
注)シャルル・オーギュスト・ド・ベリオ(Charles-Auguste de Bériot)は、ヴァイオリンの歴史上、最も重要な人物の一人です。優れた演奏家としてフランス王シャルル10世、及び、オランダ王ウィリアム1世に仕え、演奏で各地を回る他、ヴァイオリン協奏曲と教育目的の曲を数多く作曲しました。彼の作ったヴァイオリン技法とコンサート研究のための曲は、現在でも使われております。1842年、ベリオはパリ音楽院の職位を辞して、ブリュッセル音楽院ヴァイオリン科長に就任し、そこでフランコ・ベルジャン・ヴァイオリン楽派を創立しました。教え子には、かの名高いアンリ・ヴュータンやハインリッヒ・ヴィルヘルム・エルンストがいます。どちらも卓越した演奏家であり、また、ド・ベリオの歩みに習って作曲も手掛けました。演奏家兼作曲家という特徴はウジェーヌ=オーギュスト・イザイ(Eugène-Auguste Ysaÿe)に引き継がれ、彼によってフランコ・ベルジャン楽派は20世紀になってもなお息づいています。